理想のコーヒーを探し続ける意味とは
コーヒーの世界に足を踏み入れて5年が経った今でも、私は毎朝同じ質問を自分に投げかけています。「今日の一杯は、昨日より美味しくなるだろうか?」
完成のない旅路の始まり
IT企業で働いていた頃、私にとってコーヒーは単なる覚醒剤でした。しかし、あるカフェで飲んだエチオピア産のシングルオリジン※が、私の価値観を180度変えました。その瞬間、理想のコーヒーを追求する長い旅が始まったのです。
※シングルオリジン:単一の農園や地域で栽培されたコーヒー豆のこと
最初は「完璧な一杯」を見つけることがゴールだと思っていました。豆の選び方、挽き方、お湯の温度、抽出時間—すべてを数値化し、理想的なレシピを確立しようと必死でした。しかし、3ヶ月間毎日同じ手順で淹れ続けても、なぜか毎回微妙に味が違うのです。
「完成」が新たな「始まり」になる瞬間
転機が訪れたのは、コーヒー専門学校の講師から言われた一言でした。「タクミさん、コーヒーに完成形はありません。むしろ、完成したと思った瞬間こそが、新しい発見の入り口なんです」
実際に、私が「これぞ理想のコーヒー!」と確信したブレンドがありました。しかし、その3日後に別の焙煎度で同じ豆を試したところ、全く異なる魅力的な味わいを発見したのです。完成だと思っていた地点は、実は新しい探求の出発点だったのです。
この経験から学んだのは、コーヒー探求の真の価値は「答えを見つけること」ではなく、「問い続けること」にあるということ。忙しい社会人生活の中でも、この終わりのない旅路こそが、日常に新鮮な刺激と学びをもたらしてくれるのです。
コーヒー探求を始めたきっかけと最初の理想
システムエンジニア時代の缶コーヒーからの脱却
私がコーヒー探求を始めたのは、システムエンジニアとして働いていた27歳の時でした。当時の私にとってコーヒーといえば、コンビニの缶コーヒーやオフィスの自動販売機で買う100円のブレンドコーヒーが当たり前。1日に3〜4本は飲んでいましたが、それは単なる「カフェイン補給」でしかありませんでした。
転機となったのは、クライアント先の近くにあった小さなスペシャルティコーヒー店での出会いです。納期に追われてイライラしていた私は、いつものコンビニが満席だったため、仕方なくそのカフェに入りました。注文したのは「本日のコーヒー」(エチオピア・イルガチェフェ※)。一口飲んだ瞬間、これまで飲んでいたものとは全く違う、フルーティーで華やかな香りが口の中に広がったのです。
※イルガチェフェ:エチオピア南部の高地で栽培される、花のような香りと明るい酸味が特徴のコーヒー豆
最初に描いた理想のコーヒー像
その日から私の中で「理想のコーヒー」の基準が一変しました。最初に目指したのは、あの時に感動した華やかな香りと上品な酸味を自宅で再現することでした。週末にはコーヒー豆専門店を巡り、エチオピア産の豆ばかりを買い集める日々が始まったのです。
当時の私が考えていた理想のコーヒーの条件は以下の通りでした:
- 香り:部屋中に広がるフルーティーな香り
- 味わい:明るく上品な酸味
- 後味:すっきりとした余韻
- 温度:熱すぎず、ぬるすぎない65〜70度
しかし、実際に自宅でハンドドリップを始めてみると、思うような味になりません。同じ豆を使っても、お店で飲んだ時のような感動は得られませんでした。水の温度、挽き目の粗さ、注ぎ方—全てが手探り状態で、理想と現実のギャップに悩む日々が続いたのです。
完璧だと思った瞬間に現れる新たな発見
昨年の秋、私は「ついに理想のコーヒーに辿り着いた」と確信していました。エチオピア産のイルガチェフェを中煎りで焙煎し、V60でゆっくりと抽出する方法です。3年間の試行錯誤の末、甘み、酸味、香りのバランスが完璧に整った一杯を再現できるようになり、「これで探求は終わりだ」と思っていたのです。
完璧な一杯から始まった新たな疑問
ところが、その完璧だと思っていたコーヒーを毎日飲み続けていると、ふとした疑問が湧いてきました。「なぜ週末の朝に飲む同じコーヒーの方が、平日より美味しく感じるのか?」この疑問から、私は抽出技術以外の要素に目を向けるようになったのです。
時間的余裕、心の状態、飲む環境、さらには前日の食事内容まで、コーヒーの味わいに影響を与えることを発見しました。理想のコーヒーは単一の正解ではなく、その時々の状況に応じて変化する動的なものだったのです。
発見が次の発見を呼ぶ連鎖
この気づきから、私は同じ豆でも抽出温度を88℃から92℃まで2℃刻みで変化させる実験を始めました。すると、朝の忙しい時間には90℃、休日のゆったりした時間には88℃が最適だということが判明。さらに、季節や湿度によっても最適な抽出条件が変わることを発見し、現在は天候に応じた抽出レシピを作成中です。
完璧だと思った瞬間こそが、実は新たな探求の入り口でした。理想のコーヒーとは到達点ではなく、常に進化し続ける旅路そのものなのです。
理想のコーヒーが変化し続ける理由
私がコーヒーの世界に足を踏み入れて5年が経ちますが、「理想のコーヒー」の定義は驚くほど変化し続けています。最初は単純に「苦くない、飲みやすいコーヒー」を求めていましたが、今では季節や気分、一緒に過ごす時間によって理想が変わることを実感しています。
経験値の蓄積が味覚を変える
コーヒーへの理解が深まると、味覚も確実に変化します。私の場合、最初は酸味を「すっぱい」と感じて避けていましたが、エチオピア産の豆で初めて「フルーティーな酸味」を体験した時、その複雑さに魅了されました。現在では、朝は酸味のあるケニア産、午後は苦味とコクのあるグアテマラ産と使い分けています。
実際に私が記録している「理想の変遷」を見ると、以下のような変化がありました:
時期 | 理想のコーヒー | 重視する要素 |
---|---|---|
1年目 | 苦味の少ないブレンド | 飲みやすさ |
3年目 | シングルオリジンの酸味 | 個性・特徴 |
現在 | シーンに合わせた使い分け | 多様性・調和 |
ライフスタイルの変化が求める味を変える
忙しい平日の朝には集中力を高めるしっかりとした苦味を、休日のリラックスタイムには穏やかな甘みを求めるようになりました。特に副業でコーヒー講座を始めてからは、「人に説明しやすい分かりやすい特徴」を持つ豆を好むようになったのも興味深い変化です。
この変化こそが、コーヒー探求の醍醐味だと感じています。完成形だと思った瞬間に新しい発見があるからこそ、毎日のコーヒータイムが楽しみになり、長く続けられる趣味になるのです。
探求の過程で得られる予想外の学びと成長
コーヒー探求の道のりで最も驚くのは、技術向上以外の予想外な学びと成長です。私自身、システムエンジニア時代の論理的思考が、コーヒー抽出の問題解決に大きく活かされることを発見しました。
仕事スキルとの意外な相乗効果
コーヒー抽出で培った「細かな変化への観察力」は、本業での品質管理やトラブルシューティングに直結しています。豆の挽き目を0.5段階調整する繊細さが、仕事での微細な改善点を見つける能力として開花しました。
また、抽出レシピの記録習慣により、業務でのドキュメント作成スキルも向上。「なぜこの結果になったのか」を分析する思考プロセスが、両方の分野で共通して活用されています。
人間関係の広がりと深化
コーヒー探求を始めてから、職場での会話の幅が格段に広がりました。同僚との何気ないコーヒータイムが、深い信頼関係を築くきっかけとなることも多々あります。
産地訪問で学んだ農家の方々の哲学は、仕事への取り組み姿勢にも大きな影響を与えました。「一粒一粒に込める想い」という考え方が、日々の業務一つひとつを丁寧に行う姿勢につながっています。
理想のコーヒーを追求する過程で身につく継続力・観察力・分析力は、必ず本業でも活かされる汎用性の高いスキルです。この相乗効果こそが、コーヒー探求の隠れた価値だと実感しています。
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